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「無縁の駅」 第1話

行き当たり小説
10 /11 2018
「みとうげぇ?みつがとうげ、じゃなくてぇ?」
 若いタクシー運転手は、大きく私の方を振り向いて、大声で尋ねた。運転手は続けて言った。
「みつがとうげなら行くけど、みとうげ、なーんにもないよぉ?お客さん、間違えてないかい?」
「いや、みとうげ、でいいんだ。確かに何もない。汽車も今の時間はないんだ。悪いが、行ってもらえないか?」
 私は、ステッキの握りをなでながら、運転手に頼んだ。
「いや、行けっちゃー行くけど、そこから戻るか、みつがとうげに行くとなると、2万ぐらい回っちゃうよ?」
「構わない。…帰りのこともあるだろうから、先にこれを受け取ってくれないか」
 私は、上着の胸ポケットから、用意しておいた茶封筒を取り出し、運転手に渡した。運転手は受け取り、中身を見るなり言った。
「いや…お客さん、もらっちゃっていいのぉ?」
「構わない。みとうげに連れて行ってくれるなら、私は構わない」
「そこまで言うなら行くけど、あそこ携帯もつながらないから、待ってようか?」
「いや、私はみとうげに用があるんだ。多分帰りは汽車を使うだろうから、連れて行ってくれるだけでいい」
「汽車ぁ?」運転手はさらに大声になった。「みとうげの汽車、明日になるよぉ?」
「それは良く解っている。何も聞かずに、行ってくれないか?」
 運転手はそれ以上聞かず、レバーを動かすと、車を動かした。

 この町に来るのは20年ぶりになる。私も歳を取った。もうすぐ70になる。訳あって子供もいない。20年前にこの町を去った時の、季節すら覚えていない。只一つだけ覚えている、否、忘れてはならないのは、今日ここから、三峠(みとうげ)の駅へ行かなければならない事だけだ。20年という歳月は長くもあり、私にとっては短くもある。ただ、20年という歳月はこの町の様子をすっかり変えてしまい、三峠へ行く汽車も早朝に一本だけになってしまった。
 三峠の様子は20年前と変わらないだろう。元より、何もない所だ。あるとするならば、風で吹き飛びそうな無人駅と、良い言い方をすれば豊かな自然、一般的には「何もない」、そんな場所だ。だから、タクシーを飛ばして行くとしても、こうして運転手と何らかの交渉をしないと、行くことは出来ない。私は運転手と交渉になるだろうという事は解っていたので、今渡した封筒を胸ポケットに忍ばせていたのだ。もっと大変な交渉になるかと考えていたが、物分りの良い運転手に当たったようだ。そして、封筒が役に立ったことで、私は少しほっとした。
「お客さんは三峠に住んでたことでもあるのぉ?」
 運転手はルームミラー越しに私を見た。
「三峠に家があった覚え、俺にはねぇんだよなぁ」
「話すと長くなるんだ。悪いが急いで行って貰えないだろうか」
 そういうと運転手はふっとため息をついて、アクセルを踏み込んだ。
 私は鞄の奥から、古いビーズの物入れを取り出し、そっと開けた。そして、そこに「鍵」があることを確かめた。確かめた後私は、物入れを閉じ、鞄の奥底に大事に仕舞った。…三峠に行くならば、この「鍵」を必ず持っていなければならない。もし鍵が無ければ、私は運転手にまた幾何かの金を与えて、車を駅に戻さなければならない所だった。
 車は町を抜けて、田畑の中を走り続ける。丘のような小さな山が幾つか見える。そして、その山の向こうに大きく連なった山がある。三峠は、その大きく連なった山の、峠の一つだ。街道から大きく外れているため、汽車はおろか、車すら滅多に走る事は無い。運転手がためらうのも無理は無かろう。車は快調に、舗装された県道を飛ばして行く。この様子なら、三峠には陽の光がある内に着いてくれるだろう。運転手がつけたままにしていたカーラジオからは、遠い北の方の山火事を伝えている。今日この日は、この辺りは平和だという証拠だろう。
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